大人だから絵本を読もう

文・井上英樹(monkeyworks)写真・Ayami
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2020.09.25

子どもの頃に親しんだ絵本。何度も読んだり、読んでもらったことでしょう。しかし、大人になって、自分のために絵本を読んだことがあるでしょうか。子どもに向けて作られた絵本はシンプルながら、豊かな世界観や力強いメッセージを放ち、大人をも魅了します。絵本編集者の筒井大介さんに、大人と絵本の付き合い方を訊ねました。

不思議な世界が続く絵本の世界

絵本好きが高じ、絵本編集の仕事をしているわけではないんです。なんとなく出版社に入り、絵本作りをすることになったのです。僕があまりにも絵本を知らないので、入社したての頃にたくさんの絵本を読まされました。

だけど、何冊読んでもおもしろくない。会社、辞めてしまおうかな……と、思っていた時に変わった作家に巡り合いました。「なんだこれは!」。それは長新太という作家でした。「ナンセンス絵本」と評される長新太をご存じの方も多いでしょう。「絵本の神様」と呼ぶ人もいます。長新太は僕が持っていた絵本のイメージを崩しました。絵本って「起承転結」があって「ほんわか」していて、「なんかいい話」が描かれている。そして、最後には「じーん」として、「ポジティブな気持ち」になる。絵本なんて、そんなものだろう。そう思っていたのです。

しかし、長新太の描く絵本には起承転結がなく、不思議なイメージが続くのです。まるで意味がわからない絵本もありました。なのにめちゃくちゃおもしろい。すごいな……。僕は絵本の可能性に気が付きました。絵本のことなんて知らないのに、表現や可能性を勝手に狭めていたのです。長新太の作品に触れて、「俺の居場所がここにある」と、思いました。……今思えば、おこがましいですけどね(笑)。長新太の存在から辿りスズキコージ、荒井良二、片山健、井上洋介などの作家たちを知ることになります。

まもなくして、絵本編集者として作家たちと付き合うことになりました。ツテはなかったけれど、展覧会初日に行くと大抵は作家がいる(もし、興味があれば足を運んでみてください)。少しずつ知り合いになりました。作家と接すると、人間としての奥行きに気が付く。映画や演劇、音楽などに詳しく、人生経験もさまざまで芳醇な人間の背景がある。だからこそ、おもしろい絵本を生み出すのです。

わからないことを、わからないままに楽しむ

僕の好きな絵本は不思議な作品が多い。わからないことを、そのまんま提示して、「わからない」を楽しむ趣向がある。ある意味、余裕がないと楽しめません。大人になると、意味や効率に目が行きますよね。「なにが言いたいのだろう?」って。だけど、絵本は隙間を楽しむ。コロナの時代になって、生き方を考え直している人が多いと思う。そんな世界で絵本とはスローダウンをし、「感じるメディア」だと思う。案外、今の時世には合っているのかもしれませんね。

絵本は子どもに向けて作ります。「大人向けに作る」と考えた時に、失うものが多い。日本で出版される絵本の多くは32ページです。その制約の中で、絵と最低限の文章でページを捲らせていく。だけど、大人向けの絵本は、大抵文章が説明的で長く、絵が挿絵的な扱いになってしまう。僕は絵本の中で絵と文章が補完し合う関係を作りたい。それが成されれば、シンプルな構造の絵本が作れると思うし、大人も子どもも関係なく読めると思う。

長新太『ちへいせんのみえるところ』(ビリケン出版)
地平線からなにかが出るの繰り返し。長新太の「わからなさ」を浴びているうちに、だんだんおもしろくなってくる。自分を空っぽにして受け入れるといい。

長新太作品は現代美術と言われることもある。しかも、それが子ども向けに出版されているのがおもしろい。一方で、海外ではそれほど評価は高くないんです。一見して「上手い」とわかる絵ではないですし、内容もよくわからないと思われているのでしょうね(笑)。今、海外で評価される絵本は緻密に描き込まれた作品が多いです。世界的潮流のようで、日本でも緻密に描く人が増えてきましたね。もちろん、潮流に乗ろうが乗るまいが、いろいろなスタイルの絵本があればいいと思います。

大人がいい絵本と出会うには

大人になって絵本を読むにしても、どれを読んでいいかわからないですよね。まずは、本屋に行って作家をたくさん見るといいと思います。普通の書店もいいですが絵本専門店に足を運ぶのもいいですね。本屋でざっと見て、なにかピンと来る人がいれば、その作家の絵本を買ってゆっくり読んでみてください。1人好きな作家を見つけ、さらに見つけていく。そうやって、作家の幅を広げていくといいでしょう。

荒井良二『こどもたちはまっている』(亜紀書房)
僕が編集を担当しました。実はこれ、長新太の『ちへいせんのみえるところ』へのオマージュになっていて、絵本の中に地平線が登場します。「長新太の『ちへいせんのみえるところ』を手に取ることがなかったら、絵本を作っていなかったと思う」と、荒井良二は語っています。

絵本は文字量もページ数も少ないですから、大人はすぐに読めてしまいます。絵本って余白が多いんですよね。だけど、読む時は、表層的な情報を見るだけではなく、余白からもなにかを感じてほしい。絵って端から端まですべてを見たと思っても、気づいていないところがある。シンプルな絵に見えても、実は手数をかけている場合もあるんですよ。脳は知らないうちにたくさんの情報を感じていると思う。だから、いい絵本は見飽きないんです。たとえば、お酒を飲みながらじっくり読むといいかもしれない。

だけど、「なんだこれ!?」で終わる人も多いと思う。でも、わからなければそれでもいい。そんな時は、家の本棚にそっとしまってください。何年後かに読み返してみて「めちゃくちゃおもしろいな」と思うかもしれない。そういうことはよくあるんですよ。

大人はさまざまなものに追われて暮らしています。決断も迫られる。絵本を読む時間は、そんな生活や時間から少し離れることができます。絵本を開き、隙間、余白に生きてみる。もし、そういう世界に入ることができたら、日々の暮らしにも余裕が得られるのではないでしょうか。生活に絵本があれば、これまでとものの見え方も変わると思います。ぜひ、忙しく不安な世界に住む大人にこそ、絵本を手にとってもらいたいと思います。

PROFILE

筒井大介
1978年大阪府生まれ。絵本編集者。担当作に『こどもたちはまっている』(荒井良二)、『ネコヅメのよる 』(町田尚子)、『えとえとがっせん』(石黒亜矢子)、『オオカミがとぶひ』『オレときいろ』『ドクルジン』(ミロコマチコ )他多数。編著に『あの日からの或る日の絵とことば 3.11と子どもの本の作家たち』(創元社)がある。水曜えほん塾、nowaki絵本ワークショップ主宰。 https://twitter.com/dtsutsu11/


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