自分だけの万年筆を育てる楽しみ

文・井上英樹(monkeyworks)写真・相馬ミナ
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2020.11.24

皆さんは万年筆をお持ちでしょうか。もしかすると、引き出しの奥で眠っていませんか? 「万年筆は毎日使い、育てていく」。愛知県岡崎市にある万年筆専門店『PEN’S ALLEY Takeuchi(ペンズアレイタケウチ)』の竹内さちよさんはそう言います。どうやって万年筆を育てていけばいいのでしょう。竹内さんに万年筆の魅力や選び方、そして自分の万年筆を育てる楽しみについてお伺いしました。

万年筆ってどんなもの?

以前は入学や成人などの人生の節目に万年筆を贈る習慣がありました。ここしばらくは、万年筆があまり売れない時代と言われていたんです。しかし、最近になって若い世代を中心に手書き文字が見直されているように感じています。万年筆で書く字は、コンピューターの文字で育った人たちには新鮮なのでしょう。

各メーカーも若い人が楽しめる手頃なラインアップを販売しています。私のお店にも若い世代が足を運んでくれていますね。万年筆はとても美しいものです。何時間も陳列棚を眺めている人も少なくありません。中にはその日のうちに決まらない人もいる。それくらい、真剣に探す人もいるんです。

万年筆の魅力は、自分の体の一部になるということでしょう。高価な物ですから大切に扱います。使い続けることによって、どんどん体に馴染んでくる。字を書くことが楽しくなりますから、手紙やお礼状を書くにもストレスがなくなるんです。

万年筆のボディを軸(じく)と呼びます。黒くシックな軸、カラフルなもの、映画などを題材とした限定品、楓(かえで)や黒柿などの木軸、日本の伝統工芸である蒔絵(まきえ)を施した軸などさまざまなものがあります。

万年筆の書き味はペン先によって変わります。ペン先には14金、18金、21金、ステンレスなどがあります。高級万年筆には金のペン先が使われることが多いですね。金のペン先には「14K」というように金の種類が刻印されています。金はさびませんし、インクに含まれている成分によって腐食もしない。最近のステンレス製ペン先も良い物が開発されていますが、金のペン先にはしなりがあるため、しなやかな書き味を求める人には金が好まれます。

専門店で試し書きをして自分の一本を探す

お店にはたくさんの万年筆が置いてあります。まずは、気に入った万年筆を見つけてください。長く使う物ですから、見た目も大切です。車の免許を取ったら、軽自動車に乗らなくてはいけないというルールはありませんよね。あなたが乗りたい車に乗ればいい。スポーツカーでもいいし、高級車に乗ってもいい。予算に合わせて、ご自身が気に入った、合うものを選んでほしい。

陳列棚を見ていると万年筆の方から「見て!」「触って!」と言ってくる。それに応えてあげてください。そして、何本か試し書きをしてください。その時、座って字を書くといいでしょう。字を書くとき、立って書く人はあまりいないですからね。じっくり時間をかけて、あなたの一本を見つけ出してください。

売り場で万年筆を見ていると「F」や「B」といった文字に気がつくでしょう。これは線幅を表しています。日本の筆記具メーカーのパイロットだと、EF(極細)、F(細字)、MF(中細)、M(中字)、B(太字)、Z(ズーム)、MS(楽譜用)といったバリエーションがあります。各メーカーによって基準を設けています。

万年筆はメーカー、ペン先、軸のデザインやバランスによって千差万別。それぞれに個性があります。ですから、万年筆を買うときは専門店に行き、実際に手に取って試し書きをしてほしいのです。多くの専門店では、スタンダードな商品にはインクを入れて用意していますし、インクが入っていないものはペン先にインクを付けて試し書きをすることができます。ご自身がどんな場面で万年筆を使うかを想定し、便箋やノートを持参するのもいいですね。

万年筆を持つと、重さを感じるでしょう。書きやすいバランスを探ってみてください。手が大きい人ならキャップを後ろに差すことでバランスがしっくりくるでしょう。反対に小さな人ならキャップは差さずに持つ方がいいかもしれません。

ペン先を紙に走らせ、どこを持てば一番気持ち良くインクが出るかを“手に聞いて”ください。何本か試し書きをしたとき、ふっと手に馴染む万年筆に出会うと思います。それが、あなたにとっての良い万年筆だと思います。自分に合った良い万年筆は、インクが機嫌良く出てきます。試し書きには「永」という漢字を書いてみてください。「永」には、とめ・はね・左右のはらいといった要素が含まれているからです。

合わない万年筆もあります。ペン先を走らせても紙に引っかかったり、うまくインクが出ずにかすれたりします。ですが、原因の多くはご自身の癖です。おもしろいことに、それぞれにペンを持つ癖があるのです。癖を直して万年筆を持つとインクはスルスルと出ると思います。

私はインクというものは、血や魂のような物だと考えています。字を書く人が元気であれば元気な字になる。パソコンの字は誰が打っても同じですが、書いた字は違うでしょう。字は人を表すといいますよね。万年筆は本当に不思議な筆記具です。

自分だけの万年筆を育てる

万年筆を愛好する私たちは万年筆を使うことを「育てる」と表現することがあります。ほかの文具でなかなかそんな言葉は使いませんよね。でも、万年筆では普通に言うのではないでしょうか。「ああ、良いペンに育ってますね」って。同じ万年筆で毎日文字を書いていると、馴染んできて、自分の体の一部になるんです。ペン先が紙に引っかかることなく、すっと線を引くことができる。まるで、指先からインクが出ているような。本当にそんな気持ちになります。ペン先からスムーズに字が生まれるんです。だから、何時間でも字を書いていられるくらいストレスがない。そんな時、良いペンに育ったなと思います。そして、万年筆を大切にする気持ちが生まれてきます。

万年筆はメンテナンスさえしていれば、長い期間使える筆記具です。“万年”筆というくらいですからね。夏目漱石が使っていたシリーズの万年筆は、今でも使えるんですよ。大切に育てた万年筆は、お子さんやお孫さんに引き継いでもらってもいいかもしれません。「もう使わないからあげるよ」ともらうことがあるかもしれません。ただ、もらい物は書き味が馴染まないことがある。前に使っていた人の書き癖が付いているからです。もし、使っていて馴染まなくても諦めないでください。万年筆メーカーや文房具店が開催している「ペンクリニック」に持って行くといいでしょう。ペンドクターに修理や調整してもらったり、ペン先の癖の矯正をしてもらえます。

毎日使ってもらうことが理想ですが、しばらく使わないときは水洗いをしてインクを抜いて乾かしてください。ですが、一番のメンテナンスは書くことです。それこそが万年筆にとって一番良いメンテナンスなのです。たくさん文字を書いて、万年筆を育ててください。

万年筆でライフスタイルが変わる

万年筆を持ちだすと手放せなくなるという話を聞きます。ライフスタイルも少し変わる気もします。お礼状を書くのを「面倒だなあ」と思うことはないですか? 万年筆を使いだすと「書いてみるかな」という気持ちになるから不思議です。そして、人が持つペンにも興味が湧くことでしょう。気になったら「それはどんな万年筆ですか?」と尋ねると、喜んで話をしてくれるはずです。気に入った万年筆を使っている人は、自分の万年筆のことを話したがるものですからね。ぜひ、あなたの一本を探し、時間をかけて育ててみてはいかがでしょうか。

PROFILE

PEN’S ALLEY Takeuchi(ペンズ アレイ タケウチ)
愛知県岡崎市篭田町36
http://www.pens-alley.jp/


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