角野卓造さんに聞く居酒屋の楽しみ方

文・井上英樹(monkeyworks)写真・相馬ミナ
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2020.12.15

どこでも駅前を歩けば、のれんが掛かる小さな居酒屋がある。地域に根付いている店が多く、なかには100年続くという老舗も。しかし、知らない酒場はどうも入りづらいもの。怖い店主がいるのではないか。常連ばかりじゃないだろうか。場違いではないだろうか。入ってみたいなと思いつつも、なかなか一歩が踏み出せない人も多いことでしょう。舞台の地方公演で全国を巡り、各地の居酒屋を訪ね歩いた俳優・角野卓造さんは、「居酒屋はひとりで群衆の中の孤独を楽しむ場所」と言います。そんな角野さんに、居酒屋についてうかがいました。

群衆の中の孤独を楽しむ

なぜ、居酒屋が好きかと問われても困ってしまいますが、あの気取らない佇まいが好きなんです。それに安くて旨い。私は居酒屋へは、ひとりで行くことが多い。「群衆の中の孤独」と申しましょうか。居酒屋にはひとりでいる快感がある。賑やかな居酒屋でも、ひとりの時間を十分作れます。むしろ、静まりかえった場所よりひとりの空間を感じやすい。賑やかな喫茶店の方が勉強がはかどるという人がいるでしょう。それと似ているかもしれない。

居酒屋ではいろんな話が聞こえてくる。ひとりで飲んでいても、お隣が話しかけてきて馬が合うと、そのまま話をすることもあります。それで友人になった人が何人もいます。芸能界と違うお仕事をしている人と話をするのは楽しい時間です。自分から話しかけることはまずありませんが。

居酒屋での立ち居振る舞い

旅先で昼下がりの繁華街を歩くことがあります。夜はあれほど賑やかなのに、昼の繁華街の人影はまばら。人の代わりに、犬がちょろちょろ歩いていたりする。お店選びは直感ですね。店の前を通ると、なんとなく「いらっしゃい」と言っているような、“匂う”店があります。もちろん、ハズレることもありますよ。外からのイメージと違ったり、店の人がうるさく話しかけてきたり、すべてが雑だったりね。残念ながら直感がすべて当たるとは限らない。

今はたくさんのガイドブックがあります。ここ数年、京都に毎月通っているのですが、京都に着いたら本屋で情報誌を買ってチェックしています。私はお店の情報はインターネットのものより、紙が好きですね。居酒屋探訪家として知られる太田和彦さんは、居酒屋に関する本をたくさん出しておられます。なかでも全国の居酒屋を紹介している『太田和彦の居酒屋味酒覧<決定版>精選204』(新潮社)がいい。居酒屋の情報はあの本がナンバー1です。

予約ができる店なら、事前に連絡を入れます。そして、予約をしたら絶対に遅刻をしない。交通事情でやむを得なく遅れる場合は必ず電話をする。人として当たり前のことをする。酒を飲みにいくとか関係なく、根底にあるのは人に迷惑をかけないということですよね。

店は口開け(店が開いてすぐ)に行く。口開けが好きなのは、店の空気がまだ冷たいから。店に凜とした感じがある。まだ酒場に人の温もりがない状態が好きなんです。

ひとつ、自分のルールがあります。それは「のれんが掛かるまでは絶対に入らない」こと。居酒屋ののれんが掛かるということは「準備ができました」というお店の合図。その前に「もういいかな?」というのはルール違反です。外で待っていることを悟られるのも、お店の人に心理的負担をかける。だから、早く着いてもお店からは見えないところにいる。すこし外れた電信柱の陰からじっと見ている(笑)。のれんが掛かったら、すっと入っていきます。

居酒屋では良い客でありたい

私は、店には「良いお客になろう」いう態度で行くべきだと思っています。客なんだからと、わがままを言う。お店で解放されたい、楽になりたいという態度ではなく、互いに糸が張りすぎない、程よい緊張感があるのが気持ちいい。お店の人もそういうことをわきまえているとすごくいいですよね。そうすると、こっちも「ちゃんとした客」でいようと心がける。その気持ちが相手にも通じます。

ちゃんとした客というのは、偉そうにしない。常連面しない。まあ、当たり前のことですね。客だから偉いんだというのが、よくない。駄目を数えたらきりがないですけど。そんな駄目をそぎ落とし、なんとなく力が抜けた状態で「いいお客でいよう」という心構えを持っていれば、居酒屋をすごく楽しめると思いますよ。

さて、何を注文しましょうか

注文なんてのは、人さまざまです。寿司屋で順番を講釈する人がいますが、どうでもいい。勝手でいいんですよ。自分の好きなものを、好きな順番に食べりゃいい。でも、自分なりに注文を組み立てるのも楽しいものです。「まずアレを頼んで、次に頼むのは揚げ物だから時間がかかるから、これも一緒に頼んでおこうかな……」、そんなことを考える。

煮たり、焼いたり、揚げたりするものは時間がかかるわけだから。注文の時に同時に頼んでも大丈夫。次の料理を考えながら飲むのは楽しい。居酒屋での時間はゆっくり流れているからね。これまでの人生を振り返ったりしないで、次に何を頼もうかなということを考えていればいい(笑)。

酒も好きに飲めばいい。私はまずはビールを飲んで、冷やから始めてお燗に行く。反対にお燗から始めて冷たいのに行く場合もある。途中に焼酎が入ってきたりね。まあ、こんなことは話さなくても、居酒屋に興味がある人はお酒が好きでしょうからね。好きにやってください。

そして、できれば長居をしない。たくさん頼まなければ、何本飲まなくてはいけないとか、そんなことは気にしないでいい。自分自身が満足したらそこでお終いです。ただ、今日は絶対にこれとこれはやるぞ(食べるぞ)と思ったら、それは達成する。……なんて言うと、「こうしなければいけない」と、語っているようになるけどね。ぜひ、居酒屋でご自身の時間を楽しんでほしい。

居酒屋とは修行の場

人間関係というものは、だらけないほうが絶対におもしろい。やっとひとりで好きな酒を飲める年代になり、行きたい店に行けるようになっても「緩むな」というメッセージを若い皆さんにお届けしておきたい。ぬるま湯につかり、だらっとするのだけが気持ちいいのではない。居酒屋での程よい緊張感の中に身を置く気持ちよさも知ってもらいたい。

これから居酒屋に行こうと思う人には、居酒屋で飲むことを修行だと思ってほしい。最初から、いい思いができないかもしれない。場に馴染みにくいかもしれないし、最初は居心地が悪いかもしれない。だけど、そういうことも含めて楽しいと思ってほしい。

自分が「良い客であろう」と心がける。良い客とは何かをまずは自分で考える。居酒屋のお客を見ていれば、反面も含めて皆さん教師です。どういう客が良い客で、どういうのが良くない客かが分かる。お店も良い店か、そうでないか自分で決める。良くないと思えば、これっきりでいい。

いま、日本中がコロナ禍で大変です。居酒屋に行ける機会が少なくなっている。 しかし、家にずっとこもっているのも健康的ではない。大勢で飲みに行くことは難しいからこそ、感染症対策には気を付けながら、たまには居酒屋でひとりの時間を楽しんでみるのもいいかもしれませんね。

PROFILE

角野 卓造
1948年、東京都生まれ。大阪育ち。学習院大学経済学部卒業後、文学座附属演劇研究所を経て、文学座座員となる。以降、舞台、テレビ、映画を中心に幅広いジャンルで活動。紫綬褒章はじめ、受賞歴多数。近年は京都や酒場巡りの趣味が高じ、雑誌の連載も持つ。


角野さんがおすすめしてくれたお店:『正一合の店 シンスケ』

江戸後期に酒屋として創業。関東大震災後に酒場「シンスケ」として再出発。今では珍しくなった瓶ビールと日本酒が主軸のオールド東京スタイル酒場。キャッチフレーズの「正一合」とは「正しく一合を量り売る」という意味。ルーツである酒屋がそうであったように、いまも酒を一合枡できっちり量り、特注の一合とっくりに詰めている。
東京都文京区湯島3-31-5
https://www.shinsuketokyo.com/

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