SpecialVol.14

食品ロスを減らしながら
仕事の機会をつくる

夜のパン屋さん

2022.03.29

夜だけオープンする「夜のパン屋さん」。街のパン屋さんの営業終了間際に売れ残りそうなパンを引き取って販売するパン屋さんです。認定NPO法人ビッグイシュー基金の共同代表でもある料理研究家の枝元なほみさんが発案し、2021年10月16日、世界食料デーにオープンしました。ビッグイシューはホームレス状態の人たちに仕事を提供し、自立を応援する事業で、夜のパン屋さんにはビッグイシューの販売員さんも関わっています。捨てられそうなパンを集め、仕事がない人たちが販売する、フードロスと貧困問題の解決にチャレンジする夜のパン屋さんについて、枝元なほみさんに聞きました。

女性にも支援を広げたい

●夜のパン屋さんを始めたきっかけを教えてください。

北海道十勝に「満寿屋」というパン屋さんがあって、わたしも大好きなのですが、帯広市内で経営している6店舗で売れ残ったパンを全部集めて夜販売し、廃棄するパンを減らしています。わたしは『ビッグイシュー』に長年関わっていますが、ある時まとまった額のご寄付をいただき、「配って終わってしまうのではなく、循環できるようなかたちで使って欲しい」というご希望で、さあどうしようとなりました。その時、そうだ、あの夜のパン屋さんだって思い立って。世の中にはおいしいパン屋さんがたくさんあるけれども、売れ残ってしまったパンを捨ててしまうのではなく、ちゃんと売り切るという事業を、ニッチな仕事として考えられないかと思いました。

●十勝の満寿屋さんの取り組みは、フードロス削減のしくみとしてとてもよいと思いました。それを『ビッグイシュー』販売員さんの新しい仕事をつくることにつなげたのは、素晴らしいアイデアですね。

東京はいろいろな場所にパン屋さんがあって、『ビッグイシュー』の販売員さんもさまざまな場所にいらっしゃるから、販売場所の近くのパン屋さんからピックアップしてきてもらえたらいいと思ったんですけど、実はそううまくはいかなかったんですね。

『ビッグイシュー』の販売道具はすごく重いので、その上さらにパンも運ぶのは難しくて。1号店の神楽坂店は『ビッグイシュー』の販売員さんを中心に始めましたが、3号店の田町店は女性を中心にやっています。パンを売る仕事は女性がいると柔らかい感じがするから、ということもありますが、コロナ禍で生活に困窮する女性が増えてきたこともあります。

『ビッグイシュー』の販売員さんは、ホームレス経験のある男性が多かったのですが、最近は支援が必要な人の性別や年齢も様変わりしてきました。ネットカフェを家代わりにしている若い人も増えていますが、そういう人もホームレス状態だと言えますし、家はあるけれどもコロナ禍で生活に困っている人もたくさんいらっしゃいます。夜のパン屋さんをやることで、女性の困窮者にも支援をつなげていけるのではないかと考えました。

●夜のパン屋さんではどういう方が働いていますか?

最初からずっと関わってくれている『ビッグイシュー』の販売員さん3名がコアメンバーです。販売員さんたちは朝が早いので、夜遅くなる販売はできないけどパンのピックアップだけ手伝ってくださる販売員さんも2名います。その他、コロナ禍で仕事がなくなって生活が困窮している方や、シングルマザーの方、バイトがなくなってしまった大学生などが働いています。

仕事としてはパンのピックアップと販売です。車ではピックアップができないので、電車か、自転車、オートバイで手分けしてピックアップしています。食パンが20個あると駅の自動改札を通れないんですよ(笑)。でもみんな頑張り屋さんだから、パンをたくさん抱えて電車で運んできてくれます。『ビッグイシュー』の販売セットは重いので女性が持つのは厳しいのですが、パンだったら女性でも運べます。夜のパン屋さんだけではとても食べていけるほどもうかる仕事ではないのですが、女性の支援につなげていけたらと思っています。

人気パンのセレクトショップ

●現在神楽坂と田町で販売していますが、この場所を選んだ理由を教えてください。

夜のパン屋さんを始めるにあたっていろいろな人に相談する中で、最初に賛同してくれたのが馬喰横山にある「ビーバーブレッド」の割田健一シェフでした。『ビッグイシュー』の事務所が神楽坂の近くなので、飯田橋か神楽坂でやりたいとお話したところ、割田さんが紹介してくださったのが、神楽坂にある「かもめブックス」の柳下恭平さんでした。

柳下さんもとても面白い方で、すごくお忙しいので普段はなかなかつかまらないのですが、その時は奇跡的に電話に出てくださって、カフェの前の元喫煙スペースを貸していただけることになりました。

田町店はこのエリアの管理会社の方がお声をかけてくださいました。田町駅の周辺にはパン屋さんがないそうで、テレビか雑誌でわたしたちのことを知って声をかけてくださったのです。

●お客さんの反応はどうですか?

最初のうちは物珍しいのもあって、お客さんが「何やっているの?」と覗きに来てくれたり、取材も多かったので、行列ができたりするくらい盛況でした。

でも、その後すぐコロナの感染状況が悪化し、外出自粛になったり、飲食店も閉まったりして、特に神楽坂は飲食店で飲んだ帰りのお客さんが多かったので苦戦しました。田町店は仕事帰りの人が立ち寄ってくださるので、早い時間のほうがお客さんが多くて、オープンと同時に行列ができています。

●都内の人気店の他、北海道や浜松など地方のお店のパンもありますね。普段買いに行けないようなお店のパンを買えるのも夜のパン屋さんの楽しみです。

遠方のパンは冷凍で送ってもらいます。浜松の「L’atelier Tempo」と、静岡県磐田市の「one too many mornings」はどちらも天然酵母でパンをつくっています。十勝の「toi」は国産の有機食材にこだわっています。そういうパン屋さんもあれば、江戸川橋の「ナカノヤ」のような、商店街で人気のパン屋さんのパンもあります。ここの納豆トルティーヤがおいしいので、入荷すると大興奮してお客さまに勧めています。

他にも有名店の「シニフィアン・シニフィエ」にはGINZA SIX店で時々残ったパンを卸してもらっています。「ビーバーブレッド」もそうですが、名店や人気店のパンが買いたいけど、遠かったり、お店が開いている時間には買いに行けなかったりすることがあるじゃないですか。夜のパン屋さんは、そういうパンをまとめて買える、パンのセレクトショップでもあります。

誰かの「いいね」のために

●おいしいパンが買えて、楽しみながらフードロス削減と貧困問題の役にも立てる、夜のパン屋さんでの買い物はちょっといいことをした気持ちになります。

国連WFPが4年前から世界食料デーの前後に、食品ロスをなくして世界の飢餓をなくすキャンペーンを始めました。捨ててしまうような食材を使って作った料理を写真に撮ってSNSにアップすると、企業からの協賛金として100円がアフリカの学校給食などに寄付されるというしくみです。分かりやすいシステムだし、やらないよりはやったほうがいいと思ったので、わたしもアンバサダーをお引き受けしてお手伝いをしてきましたが、だんだんモヤモヤしてきました。食品ロスを出すことが個々人の問題として押し付けられている。しかも、キッチンにいる女性たちに押し付けられている。それも、ダイコンの皮とか、ブロッコリーの芯とか、末端の話になっている。そこじゃないだろうと思うのです。

一方、食料問題は危機的な状況にあって、一番問題だと思うのは、大量生産、大量消費、大量廃棄のループから抜けだせないことです。利潤だけを追求していくしくみが変わらなかったらロスはなくなりません。夜のパン屋さんを始めるときに、たくさん商品が残りそうなチェーン店やデパ地下のお店にも営業に行きましたが、そういうパン屋さんからは卸してもらえませんでした。閉店間際に来るお客さんのために、最後まで棚に品揃えを残しておく必要があるからです。大きなシステムの問題に切り込んでいこうとすると、すごく遠いのです。

今つながっているパン屋さんは、ロスを出さないように頑張っているお店ばかりです。売れ残ったら、ラスクを作るとか、何か別のものに再利用しているパン屋さんに、「残ったら連絡ください」と、1軒1軒お願いして卸してもらっています。こうやって、残っているパンをどうやって売るか、誰に売ってもらうかということを考えて事業をやっていると、皆さんが「いいですね」と言ってくれます。そこに救いがあると思っています。買ってくださる方も、ちょっといいことをしたと思っていただける。

お金のためではなく、誰かに「なんかいいね」と思ってもらえることをやっているのです。夜のパン屋さんは「小商い」だと言っているんですけど、小商いでつながっていけるといいと思っています。もちろん、いつかこれで生活ができるぐらいまで稼ぎたいのですが。

●これからどのように事業を展開していきますか?

全然もうかる仕組みじゃないし、いっぱい売るぞっていう仕事じゃないと思って始めましたが、やってみると、人とつながっていって、皆さんが「いいですね」と言って口コミで広めてくれます。働いている人も「なんかいいですよね」と言って働いてくれるし、お客さんも「いい取り組みですね」と言ってくださるので、それを誇りに思っています。そんなに利益は上がらないけれど、仕事をつくることが目的で始めたので、働いてくださる皆さんにお金を渡していければそれでいいのかなと思っています。

●フードロスの問題に対して、わたしたち一人ひとりにできることはあるでしょうか。

夜のパン屋さんは、事業規模はとても小さいし、売り上げもたかが知れています。でも、多く稼ぎすぎず、残らないように全うする。作っていただいた食べ物を売り切る、食べ切る。そういう仕事がこれからの社会のメインストリームになっていくと自負しています。プラットフォームだけつくって、何も生産せずにお金をもうけていくような仕事はもうダサい。実際に生産している農家さんたちが苦労するような経済のかたちはもう終わるだろうし、これからはわたしたちが主流だと思っています。

食料問題にしても、世界中の人を養うだけの食品はあるけれど、分配がおかしいだけなのです。既得権益を握った人たちは今のシステムを壊さないでしょう。でも、それって、ダサいんだって思うことですね。

お金がないと何もできないと言われてきましたが、逆に、お金のために働くのはすごく嫌じゃない?お金の奴隷になるのではなく、これからは右肩上がりの発想をぱたんって平らにしてもらって、そこで円を描くような、循環するサーキュラーエコノミーのほうに入っていく時代だと思います。もうからないけど、何とかなっていく、みたいなのがいいですね。「ここのパン、きょう最高」とか、そういう楽しいことで変えていきたいと思います。

日本で暮らしていると、いつでもどこでも簡単に食料が手に入り、フードロスや飢餓の問題にはなかなか気付くことができません。夜のパン屋さんは、食品流通の裏側や貧困問題について、おいしいパンを通して気付かせてくれる取り組みです。夜の街に温かい灯をともすフードカーは、わたしたち一人ひとりができることは何なのか考える機会を、パンと一緒に運んでくれます。

PROFILE

枝元なほみ
横浜生まれ。明治大学卒業後、「転形劇場」劇団員として国内外の公演に参加する傍ら、無国籍レストラン「カルマ」でシェフとして約7年間働く。1987年に料理家としてデビュー後は、自由な発想で生み出されるおいしい料理と、気さくな人柄が人気となり、テレビ、雑誌などで活躍。また、社団法人チームむかごを設立して農業生産者をサポートする活動も行う。『毎日、野菜いっぱい! 枝元なほみのぜんぶおかずサラダ』、『食べるスープレシピ』『今日もフツーにごはんを食べる』など著書多数。『ビッグイシュー』のcookingページも連載中。
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