SpecialVol.24

腸内環境研究で、
ご機嫌な世界をつくる

~アスリートと腸内環境~

聞き手・井上英樹(MONKEY WORKS)
写真・熊谷義朋

皆さんは「おなかの調子」を気にしていますか? 疲れていたり、暴飲暴食が続いたりすると、途端におなかの調子が悪くなる人がいるのではないでしょうか。逆におなかの調子が良いと、気持ちも体力的にも好調な状態になりませんか? 私たちの体調やパフォーマンスは、腸と密接に関係しているようなのです。
一説によると、腸内には約1,000種類、100兆個の腸内細菌が生息しており、これら常在菌は私たちの健康状態や生活環境と相互作用しているそうです。Jリーグの浦和レッズで活躍し、サッカー日本代表にも選ばれた鈴木啓太さん。現在は、トップアスリートの腸内環境を研究し、そこから得たデータをヘルスケア領域に生かしています。腸内フローラ(腸内に存在する細菌の集合体)の研究を進めているバイオベンチャー「AuB(オーブ)」代表の鈴木さんに運動と腸内環境の関係について伺いました。

母の口癖は
「人間は腸が一番大事」だった

鈴木さんは現役時代から腸内環境を意識していたのですか?

ええ。でも、ずっと前からですね。私が最初に腸を意識したのは7歳ぐらいで、調理師だった母の影響でした。母は「人間は腸が一番大事よ」と口癖のように言っていました。食卓に並ぶ料理の数も多く、今思えば食物繊維も発酵食品も豊富でした。子どもの時から、すごく良い腸内環境を作れていたと思います。ありがたいですね。

しかし、高校で寮生活をするようになると食事が一変します。サッカー部の食事の目的は、とにかく体を大きくすること。周りに流されて食事のコントロールを失うこともありましたが、やはり母に教えられた「腸が大切」は頭から離れず、腸内細菌の種菌の入ったサプリメントを飲んでいましたね。今でこそ、腸内細菌は一般的に通用する言葉ですが、25年ほど前はあまり通じなくて、「何飲んでいるの?」と聞かれた時は「ビタミンだよ」と答えていました。理解してもらえませんからね(笑)。でも、現役時代は「感覚的」でした。栄養士の指導や母の教えで多様な食事を心掛けていましたが、メカニズムまでは分かっていなかったですね。

きっかけはサポーターの一言

元サッカー選手の鈴木さんが、なぜバイオベンチャーを起業するに至ったのですか?

私はサッカー界に貢献したいという思いが強くあります。それは、サッカー界に育ててもらったからです。現役選手だった頃、昔から浦和レッズを応援してくれていたサポーターと話をしていた時のことです。「もう年で疲れちゃってさ、応援に行けないんだよ」と無念そうに言うんです。Jリーグが始まった時に40歳だった人も20年たてば60歳です。あまり気が付いてなかったけれど、昔から応援してくれていたサポーターが高齢化していたんです。そういえば応援にやって来てくれた両親も試合が終わったら、さっと帰るようになっていました。以前は試合後に一緒に食事をしていたのに、ふと思いました。

そうか、元気じゃなければ応援を続けられないのか。

そのサポーターの言葉で、地域で応援してくれる人たちが元気でいてくれることが、スポーツチームにとって大切なんだと気が付きました。ファンが長く元気でいてくれないと、クラブにとっては死活問題ということなんです。

私は2015シーズンに現役を引退しました。この頃、世間では腸内に存在する細菌の集合体である「腸内フローラ」という言葉が知られるようになり、これまで腸や人間の体のことを考えてきた自分のストーリーと重なりました。アスリートは常日頃から、コンディショニングを行っています。私がアスリートの腸内細菌を集め、それを研究すれば、選手たちのデータが一般の方の健康に貢献できるのではないだろうか。そうすれば、サポーターにいつまでも元気にスタジアムに通ってもらえるのではと。それが「AuB」起業のきっかけですね。

トップアスリートの腸内は
多様性に満ちている

「AuB」では、トップアスリートの腸内細菌を集めて研究をしているそうですね。

なかなか大変なんですよ、トップアスリートの便をもらうのは(笑)。今、45競技、1,000人以上のトップアスリートたちから2,200検体以上をいただいています。ここで言うトップアスリートとはプロで活躍していたり、オリンピックに出場するような選手たちです。トップアスリートと一般の方の腸内細菌を比較すると、一番の差は多様性です。トップアスリートの体の中には多種類の菌がたくさんいる傾向にあります。例えば腸には酪酸菌(らくさんきん:腸に届いた食物繊維を発酵・分解して酪酸を作る細菌)というものがいます。酪酸は筋疲労の回復を促す短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん)の一種で、エネルギー源になったりするのですが、トップアスリートは一般の方と比べてこの量が2倍以上なんです。一般的に酪酸菌は5%前後といわれていますがトップアスリートは平均で10%ほどいるんです。30%という多い選手もいました。

運動をする人にとって腸内細菌はどのような状態が理想なのですか?

食事をすると、ほとんどの栄養素は小腸(十二指腸・空腸・回腸)で吸収されます。さらに腸内細菌によって、ビタミン(ビタミンB1、B2、B6、B12、ビタミンK、ビチオン、チアミン、葉酸、パントテン酸、ニコチン酸など)も作り出されます。腸って本当に大切な場所です。

どのような状態が理想かというと、これは人それぞれなんですね。「このバランスでなければいけない」ということはありません。住んでいる場所や体には個人差がありますから。その上で定義付けするなら、良い状態というのは「腸内細菌が多様で、短鎖脂肪酸をたくさん作り出す菌をたくさん飼っている状態」ではないでしょうか。多様性が高く、環境が整うと、回復力や持久力を高めることが期待できます。また、腸内フローラの組成変化が睡眠の質の改善をするとも言われています。アスリートにとって回復力や持久力というのはとても重要ですよね。

トレーニング後に皆さんは何をしますか? おそらく「栄養を摂る」と「休む」でしょう。いくら、良い栄養を摂ったとしても、腸内環境が整っていなかったらどうでしょう。それはバケツに穴が空いているようなものです。なので、運動をしたり、栄養に気を付けたりしている人は、しっかりと腸を整えていただきたいですね。

AuB株式会社 提供

どのようにすれば腸内環境を良くすることができますか?

「菌を摂る・育てる・守る」を実践していただきたいですね。まずは「菌を摂る」ことですが、これは発酵食品やサプリメントで摂っていただくのがいいかなと思います。「菌を育てる」ことは、水溶性食物繊維(野菜や海藻、果物類に含まれる食物繊維)、オリゴ糖(消化酵素によって分解されず、小腸から大腸に運ばれる難消化性の糖)を摂取すること。要は腸にいる菌にエサを与えるということですね。

そして「菌を守る」こと。これにはいろいろな方法があります。私は体を温めることが大事だと思っています。昔から、おなかは冷やさないようにと言われるでしょう。「おなかを冷やさないこと」はすごく大切です。冷たいものを食べたり飲み過ぎたりすると、消化器官の冷えや疲労で、蠕動運動(ぜんどううんどう)が鈍くなり、腸内の細菌も活性化しません。運動をして血流を上げる、入浴をする、腹巻きをするなどして体を温めてあげてください。

あと、意外に思われるかもしれませんが歯磨きも重要です。口腔内細菌叢(こうくうないさいきんそう:口腔内に存在する多種多様な細菌の集まり)と腸内フローラには相関関係があると考えられています。口と腸はつながっていますからね。ですので、しっかりと口腔ケアをしてください。そして、ぜひ行っていただきたいのがご自身の腸の状態の観察です。例えば便を見る、臭いを嗅ぐということでいいんです。観察はこの定点観測が基本です。

良い腸内環境は
ご機嫌な人々をつくりだす

アスリートたちの間で、腸内環境の改善は注目されているのでしょうか?

コンディショニングをやり切っているトップアスリートたちは、すでに腸内環境に目が行っています。当然、トップアスリートだったら栄養学の知識を持っていなければ駄目ですし、その後に何を改善しなくてはいけないかは分かっていますよね。パフォーマンスを上げるために何が必要かというと、コンディションを常に良い状態に保っておくことです。

コンディションが良いから限界まで追い込むことができ、限界を越えることができます。ただ、追い込み過ぎた時にコンディションが戻らなければ、継続的に良いトレーニングができません。良いコンディションを維持し、良いパフォーマンスをして、回復をするには、腸内環境が大切だと私は思います。

鈴木さんは腸内環境の研究を、どのように社会に生かしたいのですか?

人生100年時代の今、私はすべての人の健康寿命が大事だと思っています。私はこの世の中に「元気でご機嫌な人」を増やしたい。誰もがご機嫌で、何かにチャレンジして生き生きしている世界ってすてきだと思うんですよね。そして、元気に地元のクラブチームの応援をすると(笑)。私の子ども世代にはそんな世界を生きてほしいと願っています。

これを広い言葉で言うと、「平和」ということになるかもしれません。平和でご機嫌な人々。良い世界だと思いませんか? 平和とご機嫌の土台は「健康」です。ご機嫌で元気だと、周りにも自然とサポートできたりするのではないかと思います。私はたくさんの人たちの腸内環境の改善をすることが、良い世界につながっているのではないかなと思います。

Profile

鈴木啓太

1981年静岡県生まれ。2000年、浦和レッズに加入。2015シーズンで引退するまで浦和レッズにとって欠かせない選手となる。2006年、日本代表に選出される。オシムジャパンでは、唯一全試合先発出場を果たす。現在は腸内細菌の研究をベースに腸ケア商品を開発・販売するAuB株式会社を立ち上げ、「すべての人を、ベストコンディションに。」をミッションとして日々研究をするなど、スポーツビジネス、健康の分野で幅広く活動。

※体の状態には個人差があり、本記事の内容がすべての方に当てはまるわけではないことをあらかじめご了承ください。